ol'my55 ~1955年に生まれて~

大好きな音楽や、映画 思い出たどってみます

もう、2年もたってしまったんですね!

 

2年前の今頃の深夜、YouTubeにこの曲が飛び込んできました!もちろんロッドステュアートのファンなので色々な曲がアップされてもおかしくないのですが...知らない曲名だったし、【ロックローモンド】も一緒にアップされてて...第一ビデオのロッドが若い!

でも兵士とその家族(‘40年代風ですが)で意味がわかりました!!歌詞の内容も...(ネットで日本語訳見ました)メルボルンのコンサートでステージいっぱいのスクリーンに映し出されたゼレンスキー氏に向かってこの曲歌ってるビデオもアップされてました。

もう2年も経っちゃたんですね!

 

 

 

 

 

 

LastNight in Soho~懐かしの60年代

 

 

ラストナイト・イン・ソーホー

数年前に紹介されていてずっと見たかった映画 やっと見れました!60年代のロンドンの音楽とファッションと現代との行き来 みたいに紹介されてたんですが、全く私の勘違い!かなりのホラーでした。でもめっちゃ面白かった!!全編聞き覚えのある曲ばかり、それも初期のビートルズのようなちょっと素朴な感じの曲、ファッションもそう、主役の女の子のヘアースタイル、頭の真ん中持ち上げたスタイル、たしかベビードールって呼ばれてたんじゃないかな?まるでネグリジェみたいなドレス!カーナビーストリート!(『好きさ好きさ好きさ』のGSカーナビーツ思い出してしまった)

特に懐かしかったのが、ピーター&ゴートンの『愛なき世界』ペチュラクラークの恋のダウンタウン』・・・昔の曲を取り上げる時いつも不思議に思うのが、【なんで私この曲覚えているんだろ~?】なんですね。『恋のダウンタウン』…’64年の全米ヒットチャート1位になった世界的ヒット曲らしいですが、まだ自分でラジオを聞ける年齢でもないし、テレビで外国の曲流すわけでもなく・・・でも50年以上たった今でもほぼ完ぺきにこの曲覚えてます。でも好きな曲かといったらそんなこともなく、映画の中でアルバムが効果的に使われていたダスティスプリングフィールドの方が良く知っていたし・・・きっと子供の覚える力って大人になるとどっかに消えてしまうんですね。

ネットでこの映画を、使われている曲とそのシーン解説しているのがあって、余計楽しめました!

 

Rod Stewartからの贈り物

ちょうど3年前の今頃の時間、YouTube見てたらこの画面が飛び込んできたんですね!ほんとにいきなりって感じで...20歳頃からロッドステュアートの大ファンでかなりのアルバム持ってたし、YouTubeでも良くロッドの曲聞いていたので、不思議はないのですが、画面はまるでプラネタリュームみたいだし...でも!!そーか!今日はヴァレンタインデーだ!(世界中コロナ禍の真っ最中で何とも言えない苦しい時期)そーか、ロッドからのちょっとした贈り物なのかな?って勝手に感激しました。なんか、素敵な映像ですよね。

3月にロッドの日本公演あるんですよね。『LAST TIME』と銘打った世界ツアー、たぶん最後なのかな?YouTubeに時々最近ライブ乗るんですけど…聞きたいけど、つらいかな~?ファンになった切っ掛けの曲、たぶんThis Old Heart of Mineだと思うんだけど、考えたら半世紀近く聞いてきたわけで・・・‼‼

 

声のはなし~part2 忘れられない歌

自分の部屋に閉じこもって勉強? してる時はいつもラジオを聴きながら...でした。ある時、深夜、たぶんテストの一夜漬けしてる時、この声が聞こえてきたんですね。その時のなんともいえない、たぶん感激!50年近くたった今でも覚えてます。たぶんテスト勉強、なげやりになってて、明日学校火事で焼けてくれないかな~ぐらい落ち込んでる時に偶然耳に入ってきたこの声、それまで聞いたことないような低温の声!電気スタンドの明かりだけの暗い部屋中で耳元に聞こえてくる知らない世界の音楽、もちろんフランク永井は当時でも『低音の魅力』と言われた大歌手でしたからなんとなくは知っていても興味の対象外でした。でも別にファンになるわけでもなく、レコードを買うわけでもなく、第二京浜走る時に時折思い出す位、でも何十年もたってYouTubeで聞いた時、あの自分の暗い部屋が思い出されました。

音楽も当然時代とともに変化してきてるんですよね。今こんな声の曲ないですよね~。

あの頃・・・あの時代

なんだか変なタイトルですけど・・・でもタイトルの付けようがなくて...最近テレビで『あの頃の事』思い出させる機会が幾つかあって!

きっかけは偶然みんなのうた』で聞いたこの歌!

みんなのうた』ではリトグリなのですが、私的にはやっぱり森山良子さん!でもリトグリもすごく良い!どちらかというと学校の音楽の授業みたいな感じだけど、

そして

新宿西口地下広場

NHKの日曜美術館 戦後新宿・渋谷をつくった建築家 坂倉準三 

私にとって新宿西口は仕事場として30代からはなじみの場所でしたが、子供の頃の新宿は伊勢丹紀伊国屋書店以外行っては行けない場所でした。特に西口は学生運動の危険な場所花園神社はアングラ歌舞伎町は子供の行く場所ではない大ガードの向こうは怖いとこだから...そして時折テレビのニュースで映し出される西口広場のフォークゲリラと称された映像、当時中学生だった私には、すべてがカオスの場所、だから大人になって西口行くようになった時、あまりの変化に驚いたものでした。

そしてダメ押しではないですけれど、1974年の連続企業爆破事件の容疑者の一人とされた男の49年ぶりの出現!連続企業爆破事件ってうっすらと記憶にありますが、よど号ハイジャック事件とか過激派とか、あの頃そんなわけわからない物騒な事件が続いていましたっけ。学生運動反戦運動も私が十代前半の出来事で主に団塊の世代の人達がメインだったわけで、自分より十歳も離れていない人たちの背中を見ているようなそんな感覚だったかも。

あの頃の象徴だった新宿西口広場も再開発とやらでもう工事も始まってるみたいです。また私の思い出の場所が一つなくなります・・・ 

 

昭和47年 part2

フォークのコンサート、また懐かしいのを見つけました!

 

【赤い鳥】の【翼をください】...

まさに私が良く行ってた頃のフォークのコンサートなんですね。まるで学校の体育館の舞台みたいなそっけないステージ!(実際に早稲田の大隈講堂や神田共立講堂など行きました。)そしてアコースティックな音を楽しんで...

それよりも平山さんのファッション、懐かしい~!フォルクロアって言ったかな?ちょっと東欧風で可愛らしくて...

赤い鳥は本当にハーモニーがすばらしくて・・・あまりにもシンプルで悪い表現かもしれないけど、学校の音楽の授業みたい。当時ギターに夢中だった私は、『竹田の子守唄』山本潤子さんみたいに歌いたくて一生懸命頑張ってたんですけど、あんなに澄んだ声には及びもつかず...まだ楽器そのものと人間の声だけで成り立っていたあの頃の音楽、今聞くとほっとするのは私だけかな?

昭和47年

昭和47年!46年でもなく、48年でもなく、1972年でもなく、私が17歳の頃、昭和47年!!

 

吉田拓郎さんの【祭りのあと】

YouTubeですごく懐かしいのを見つけました。あの頃のタクロー、YouTubeでも色々なタクローの演奏がアップされてますが、成功してゆるぎないタクローではなく私がライブを聞きに行ってた頃の本当にそのままのタクロー!あの頃はライブとは言わず、ジョイントって言ってた。他のミュージシャンとの持ち合いで...誰のファンとかではなくフォークのコンサートに行ってた…て感じかな。当時の公立高校は学生運動の先輩たちの頑張りで制服がなく、ジーパンにセーターでも、ミニスカートでもOKだったので、放課後そのままコンサート会場に!タクローのコンサートで今でも覚えているのがガラガラ声でよくしゃべってた事、ある時なんか頭に包帯巻いた姿で前の日に酔ってけんかしたと、楽しそうに話した後、即興でものすごく短い歌演奏して…とにかくギターがうまっかた‼

【祭りのあと】は学生運動の終焉を意図している、との解説もありますが、たしかに昭和47年は大変な年だったようですね。このビデオその頃の空気にあふれてるんですね。なんの飾りもないシンプルなステージ、照明すらシンプルで、高度成長と持てはやされた時代が終わり、公害が問題化され...日本列島改造論が叫ばれ...2月に起きたあさま山荘事件よく覚えてます。部活の帰りにいつも寄るパン屋さんのテレビを友達とみてた、大人に対する思春期特有の反抗期の時代(大人は汚いと訳も分からず思ってた)大人に敢然とむかいあってる学生運動かっこいいなとちょっぴり憧れてたのですがあまりの汚らしさに幻滅しました。でもあの頃の空気懐かしい!エアコンなどの人工的なものがなくて、冬の朝は白い息をはきながら学校に通ってた。空気そのものが今よりシンプルだったような!